2024年の10月半ば、山形県飯豊町にて行われた「木の作り手プロジェクト」 アーティスト・イン・レジデンスに参加してきた。
このアーティスト イン レジデンスは、飯豊町の山林の木やそこに暮らす人々と作家が関わり合いながら作品を制作していくというプロジェクトだ。
木は自身にとって身近なモチーフであり、「その土地に滞在し現地の木を描く」という行為はごく自然な事のように感じた。
そしてそれは、山に登りその山の事を内側から観察して絵を描くという普段の制作ともリンクし、結果としてそれをより広げてくれるものであった。
10日間という期間の中、一画家が何を見て何を感じ、制作をしたのかという事をここに記しておく。
また、作って頂いた冊子には別の文章を綴っているので、機会があればそちらも読んで頂きたい。
大荷物で東京から向かったのは赤湯という所だった。
山形県にはこれまで一度も訪れた事がなかったので、土地勘が全くない。その名前から、きっと鉄分が多い良い温泉が湧いているのかもしれない…と想像が膨らむ。
駅前で代表の加藤さんに拾ってもらい、折角だからと蔵王のお釜周辺を案内して頂く。
東北の山には行きたいと思いつつもその距離や交通の便などから、なかなか実行出来ていなかったので蔵王のお釜を見ることが出来てとても嬉しかった。
爆風が吹き荒れて、髪の毛がグチャグチャになりながらお釜があるであろう方に向かう。が、辺りは真っ白だ。
9月に登った安達太良山も立っていられないほどの爆風で、お目当ての爆裂火口を見られなかった事がふと頭をよぎる。遠征したのに山頂が真っ白なんて事は幾度となく経験しているが、そりゃぁ見えてくれるに越したことはないのだ。
風が強すぎてガスが晴れるのではないかとしばらく二人で願っていると、一瞬だけガスが切れた。
曇天爆風の中見た火山湖はパックリと口を開け青い水を蓄えていて、周辺の斜面は火山帯特有の茶褐色だ。
吸い込まれそうなお釜の青は、数分でまた灰色の霧の中へ消えて行ってしまった。
「スケッチ 蔵王 お釜」
鉛筆、水彩
次の日からは、滞在していた飯豊町中津川の周辺散策をスタート。スケッチや写真を撮りながら、公民館と宿を行ったり来たりしていた。
残暑がダラダラと続いたせいか、山の色付きは遅いとのことだった。
旅館のすぐ側にある神社に滞在中よく行ったのだが、神社への坂道に鬼胡桃が落ちていて、胡桃だ!と思わず拾って絵を描いた。
あまりに感激して胡桃を自宅まで持って帰ってきてしまった。そしてそれを先日植えてみたので、来年の春に発芽するかとても楽しみである。
「スケッチ 道端の鬼胡桃」
鉛筆、水彩
朽ちた葛。葉脈の繊維がアスファルトとの対比でよく見える。
地面から生えている野草も少しずつ色付き始めてはいたが、こちらも緩やかに進んでいるようだ。まだ夏のような青々とした色の中で見つけた秋は、大変綺麗であった。
源流の森へと続く大きな橋から見た、川沿いに柳が揺れる風景。
柳の葉が風で揺れると白くきらきらと光って綺麗だった。真ん中に流れる川と奥にはゆったりと山がいる、いい場所だ。
鉛筆でスケッチをして、後日透明水彩で着彩した。
また、スケッチをしている最中、大量発生中のカメムシがブンブンと飛び交っており画面にぶつかって落ちたり身体にくっついたりとお祭り騒ぎであった。自身は虫が好きなので問題無いのだが、顔に激突されるとちょっとびっくりする。カメムシさんよ、私は木じゃ無いので気をつけて欲しい。
「スケッチ 飯豊町中津川」
鉛筆、水彩
飯豊山 地蔵岳登山
前日の夕方から山形県内に住む山好きの皆さんと山小屋へ向かう。
大日杉小屋に着いてからは作って頂いた芋煮を食べたり世間話をしたりと、とても楽しい時間を過ごした。
もちろん山小屋にもカメムシ達はいたのだがその量がすごい。箒とちりとりで集めると大盛りになるほどである。その間も窓際や天井には待機中のカメムシが何百匹も真っ黒くひしめき合っているのだ。
彼らも越冬するために必死なので気持ちはわからんでも無いし、もし自分がカメムシだったらと考えると山小屋や民家に侵入して冬を越すと思う。
朝起きると、昨晩から降っていた雨はまだ止んでいなかった。
天気予報では次第に晴れてくるという事だったが、やはり出発時に雨が降っていると少し気持ちが下がる。
まあ土砂降りではないし、きっと登っている間に止むだろうと願いを込めて出発した。
今日は飯豊山の手前に位置する地蔵岳を目指す。
少し歩いていくと序盤からザンゲ坂という鎖場が現れた。足場も鎖もしっかりとしているのでゆっくり行けば心配ないのだが、しっとりと濡れている岩は油断できないので声を掛け合いながら進んだ。
サンゲ坂を登りきると、すぐそこに面白い木が生えていた。
幹に縦向きの穴が開いていて向こうが見えているではないか!
内側の組織が死んでしまっても周辺の幹は生きていてしっかりと立っている。多分樹皮の模様から察するにブナだと思うのだが、勝手にメガネの木と名付けた。
メガネの木を越えてからも雨は止まなかった。しとしとと静かに降る雨に打たれながら山道を登っていく。
しかしながら、雨の中の登山も悪くないのだ。
遠くの景色を見るには快晴の日がいいが、植物は雨に濡れると瑞々しく発色が増す気がするし、風や雨で葉が揺れる音やひんやりとした湿度のある山の側面を感じる事が出来た。
そうやってしばらく歩いていると、だまし地蔵という場所に近づいた頃、雪が降ってきた。雨は標高を上げていくうちに雪になってしまったのだ。
そういえば一番の冷え込みになるでしょう、なんて天気予報で言っていたな…と皆で話す。
こうなると更に楽しくなってきて、色付いた樹々と雪の美しさに見惚れていた。そして、これを絵にしようとイメージを膨らませた。
東北の紅葉は彩度が高い
いつもなら一人黙々と登る山も、今回は楽しくおじゃべりをしたり解説を聴きながら登ったことで新たな発見が沢山あった。
大きくそびえ立つブナの紅葉や、その実がナッツのようで美味しかった事、そこらじゅうに生えるプルプルしたきのこ達。
遠景は望めなかったが、また別の季節や天気の日にもまた是非訪れたい山だ。
山を降りてきてからは、自転車を漕いで散策・制作の日々だ。
とにかくイメージが新鮮なうちに形にしていきたいので、朝から晩までいつになく集中して制作をした。
数馬の森にて
早朝散歩
誰の巣かな?
まんじゅう茸と命名
栗の木は至る所にあって、イガがそこらじゅうにあったが中身は動物が食べたのか一つも落ちていなかった。
作品制作について
スケッチは鉛筆に水彩絵の具、後の二作品は飯豊の木で作った枝ペンとアクリル絵の具で制作した。
(普段の制作では、紙が支持体の場合はほぼ透明水彩を使用している)
当初はこの滞在制作中に行う「枝ペンワークショップ」の為に様々な形状の枝ペンを試作し、参加される皆さんのイメージが膨らめばいいなと思っていたのだが、自宅で試し書きをしていく内に、どんどんのめり込んで絵を描いていた。
最初はなんの変哲もない枝だが、試作していく内に出来る表現も増えてくるから面白い。そうして現地でも枝を使って制作をしたいと思ってきたのだった。「飯豊の木で飯豊の山や木を描く」という事に意味があり、そこに滞在したからこそ表現出来た作品になったのではないだろうか。
また、「樹から樹々、そして森へ」という今回の滞在制作につけたサブタイトルには、「一本の枝で様々な木を描き、それらを組み合わせていく事で大きな森を表現していく事」と、「一本の木の葉や枝が落ちてやがて土になり、その土壌に落ちた木の実が発芽して徐々に数が増えて森になっていく」という、森を形成している成り立ちを重ね合わせている。
滞在最終日 10/27
道の駅いいで めざみの里物産館で成果発表
初日に来場して頂いた方々とお話をしていると、「これはあそこからの風景だね」「この樹皮が特にいい」など、こちらが表現したかった事が説明せずとも
伝わって驚いた。
特に普段から山に入り植物や森などと関わっている方はわかってくれるのだなと思い、とても嬉しかった。
今回、飯豊町での滞在制作を通して自身の画材に対する考え方や表現の幅も広がり、そしてこの土地を知れて本当に良かったと思う。
左から:スケッチ3点 「蔵王お釜」「道端の鬼胡桃」「飯豊町中津川」
中央:飯豊山にて 「黄色、橙、赤に雪」
右:飯豊山にて 「ブナの秋」
「飯豊山にて ブナの秋」
枝ペン、アクリル絵の具、コラージュ
「飯豊山にて 黄色、橙、赤に雪」
枝ペン、アクリル絵の具、コラージュ
普段の制作に取り掛かる前や、こん詰めて描いている時などに休息としてやっていたドローイング+コラージュではあるが、こうして作品となることは無かった。
また、受験時代の先入観から、マットで色数が少ないと思い込んでいたアクリル絵の具も透明水彩のような発色や透明度がある色が増えており、今回の作品制作に繋がった。
作った枝ペンも展示されてなんだか誇らしげだ。
そういえば帰宅して2日後、道の駅から送った荷物が届いたので開けていると「ブーンッ!!」と勢い良く何か飛び出した。
こっちに帰って来てからあの羽音を全く聞いていなかったので、バチンバチン!と蛍光灯にぶつかる様を眺めながらなんだか懐かしい気持ちになった。