北アルプス 裏銀座縦走 前編 2022.8.21-25

 

念願だった裏銀座の玄関口へとやってきた。

本当ならば、昨年の夏ここにいるはずだったのだが台風によって計画が流れてしまっていたのだ。

 

 

いつもの夜行バスに揺られて早朝4時前に七倉山荘前に下車、ゲートが開通するまでの間、暗闇の中しばらく待機した。

 

 

裏銀座は高瀬ダムから槍ヶ岳への稜線を繋ぐ縦走路の事だが、岩稜帯が苦手な私は今回は槍を抜いて黒部五郎岳を足し、新穂高温泉へと下山する4泊5日の山行計画とした。

 

 

 

1日目 8/21 

【コースタイム】

 

高瀬ダム 6:00 - 権太落とし 7:24 - 三角点 9:50 - 烏帽子小屋 11:55

 

 

 

バスが一緒だったソロのお姉さんと意気投合し、高瀬ダムのコバルトブルーの湖面を眺めながらブナ立て尾根の登山口に向かう。

 

 

濁った川に掛かった丸太橋を渡って対岸へ。

 

 

本来あるはずだった最終水場は流されてしまったのか消失していたが、七倉山荘前の待機所に注意喚起のポスターが貼ってあったので、事前に山荘前の自販機で水を補給する事が出来た。

 

さて、ここから長い長い急登の始まりである。

 

 

一歩森へ足を踏み入れるとすぐに斜度のある道だ。鬱蒼とした森は湿度が非常に高かった。

 

 

権太落とし。

このままじゃ本当に落とされ兼ねないので気合いを入れ直し、これが日本三大急登の本気か…と汗を拭った。

 

 

この番号は小屋へと近付いていくカウントダウンだ。

 

 

標高が少しずつ上がるにつれて蒸し暑さは軽減していったが、先の見えない樹林帯の急登は続く。

 

 

三角点は少し開けていて指標が立っていたが、他には何もなかった。

 

 

少し行くと、ここでやっと烏帽子小屋の気配を感じさせるものの登場だ。

 

急登の道の脇にドカンとある見上げるほどの巨大な岩には、妙な角度でエボシと書かれている。

私は首を横に曲げ、蚊の鳴くような声で「エボシ……」と呟いた。もちろん一人である。

 

もうすぐ小屋だ…この急登ともおさらばだ、と希望の光を感じていると上から一人の方が下りてきた。

「もう少しで小屋ですか?」とおそるおそる尋ねると、「1はもうすぐですよ〜!頑張って!」と返ってきたではないか。

 

1…? 番号の1か…?

 

 

私は考えるのをやめた。

 

 

程なくして「1」は現れたが、1=ブナ立尾根の終わり、ではないという事だ。言うまでもなくまだ道は続いている。

 

もう小屋に着いてもいいだろう…とヘロヘロになった頃、視界が開けて小屋が見えてきた。

 

 

とにかく座りたい…とベンチに腰掛けると、小屋の中から途中まで一緒に登っていたお姉さんが出てきた。

お姉さんはとても健脚で、私よりも1時間近く早く烏帽子小屋に着いたそうだ。

 

 

上空には薄暗い雲がかかり始めてきたので、少し休憩をしてから烏帽子岳へ向かった。

 

ひっそりとあった池 

 

 

烏帽子岳へ近づくにつれ風が強くなってきて、終いには小雨が降り始めてしまった。

 

白くホロホロとした砂地と岩を降ったり登ったりしながら徐々に進んでいく。途中小さなピークらしきものがあったが、これが前烏帽子岳山頂だったのだろうか。

 

前烏帽子岳?

 

高台から前方に見えるはずの烏帽子岳を探すも濃霧で何も見えなかったが、しばらく待っていると少しずつガスが取れ始めた。

 

 

見えてきた山は思っていたよりも何倍も大きくて驚いてしまった。少し近づくと巨大な岩の塊、と言うか壁である。とにかく大きいのだ。

ここまで来たら山の全貌が見たいので晴れるのを少し待つことにした。

 

 

20分ほど待っていると雨が止み、晴れ間と共にはっきりとその姿を眺める事が出来た。

 

しかしものの数分で再びガスに包まれていく。そしてまたもや雨が降り始めたので山頂へは行かず小屋へと戻る事にした。

まぁ、またそのうち来ればいい。

 

 

小屋に戻ってからは、近くを散策したりココアを飲んだりしながらお姉さんとお喋りをして過ごした。

単独で山に来ているくらいだから、やっぱり山が好きなんだろう。お互いに今まで行った山の話やこれから行きたい場所についてなど話は尽きなかった。

 

烏帽子小屋前に群生しているイワギキョウ

 

 

 

2日目 8/22

 

 

天気は快晴だった。

 

この日の行程は水晶小屋まで。そこまで急ぐようなコースタイムではないので出発は遅めだ。

山を照らす朝日を眺めながら、2日目が始まった。

 

 

【コースタイム】

 

烏帽子小屋 6:00 - 野口五郎小屋 9:24着 - 9:56発 - 野口五郎岳 10:15 - 東沢乗越 12:55 - 水晶小屋 14:00

 

 

小屋を越えていくと見晴らしの良い場所に出た。雲海も相まって爽快な景色だ。お姉さんとは水晶小屋泊で同じ行程だったので、また小屋で会おうと先に行ってもらう。

 

ブロッケン

 

 

もの凄い晴れだ。行く先の稜線が全部見えてきて、歓喜の言葉が口から漏れ出た。

 

 

後ろを振り返ると昨日見た烏帽子岳の頭が見えていた。

 

坂道を行くと、出ていた雲海がほどけて遠くの槍ヶ岳が顔を出し、後ろの方から「〇〇さーん!ほら、槍ヶ岳が見える見える!」と、同じ行程で歩いている方々の楽しそうな声が聞こえてくる。山の仲間達と歩くのもそんなに悪くないかもしれない、と少し羨ましく思った。

 

トラバース

 

 

野口五郎岳方面へと向かっていると次第に道にある石が大きくなり始めている事に気づく。石から岩へ。そして出現の頻度も増してきた。

まあ、これくらいは大丈夫と思っていた矢先、どんどんと岩のサイズは大きくなり、ついには塊となった。

 

 

巨大な岩の隙間に足を取られぬように、白マーカーの丸印を探しては足を置く。幸い岩質はザラザラで滑らないので安心したが、こんなに岩が出てくるとは思っていなかった。

トレッキングポールは最早邪魔になり、手を使って登る。一塊越えてもまた一塊…と岩ゾーンは続いた。

 

 

野口五郎小屋に着くと、小屋番さん達が休憩をしていた。

にこにこしながら「お疲れさーん!お菓子でも食べな〜」と菓子入れを差し出してくれた。山と共に暮らす人達はとても暖かい。

 

ベンチで少し休ませてもらい野口五郎岳山頂へと向かった。

 

 

この辺りからガスが立ち込めてきて、どうやらこの先の天気は下り坂のようだった。山頂は小屋の裏手を少し登るとあるので、少し足早に向かう。

 

 

これは、去年も見たような景色である。いや、確実に見た。

周辺には遮るものはなく、風も強くなってきて景色は真っ白だ。

 

雨は午後には降り出す予報だったので早々に山頂から逃げ出し、次の目的地である水晶小屋へと向かった。

 

 

薄暗い雲が山の上部にかぶさってはいるが、稜線より下の景色は隠されてはいないのが幸いだ。

 

チラチラと景色を眺めながら歩いていると、またもや気になる水辺があるではないか。

山の中にある池塘や池、湖などひっそりと静かに水が張っている風景に惹かれてしまうのは何故なんだろうか。違う世界への入り口のような気もするし、ただポッカリとそこにある水が異質で、存在感を放っているから気になるだけなのかもしれない。

これはまた絵に描かねばならなくなってしまった、と嬉しい感情が込み上げてきた。

 

硫黄尾根はかっこいい

 

 

しかし、池を見て稜線をのんびり歩ける箇所は早々に終わりを迎える事となった。

再び現れたのは、私が嫌いな岩岩(いわいわ)ゾーンである。

 

山を縦走をしているとリアルRPGのように思う事が多々あるのだが、この岩岩ゾーンに入った途端、8bitのBGMがデデデデ…と重苦しい音に変わったような気さえしてくるから不思議だ。

 

 

横を見ると崖っぷちだ。登山道自体は危険箇所はないけれど、気持ちがこわばるし、アップダウンがあるのでなかなか大変。

 

 

砂礫の坂を下り切ると、東沢乗越という場所に着いた。しかし、ここから見上げた先は脆そうな赤土の斜面で、物凄く遠く上の方に水晶小屋が見える。

乗越からは、この赤土の尾根に道なんてあるようには見えなかったが、ふと前方に目をやると凄い斜度で登っていく先行者が見えた。

 

 

近づいてみると道はちゃんとあったが、さっきまでの岩を越えてからのこの道はなかなかハードであった。

更に、左側の崖を見てみると見事な崩壊地だ。

 

山の中で崩壊地を見ると、山の内側を垣間見たようで美しさや恐怖など様々なものを感じる。一歩踏み外したら簡単にあの世行きなのだが、何故だか吸い込まれそうな魅力もそこにはあった。

 

 

水晶小屋に着いて部屋へ向かうと前日から一緒だったお姉さんとも再会し、他にも顔見知りになっていた方々の顔を見ると自然と笑顔になった。

やっと着いた着いた〜!とみんな楽しそうに話している。

 

同じ行程で何日も山にいると、自然と知り合いが出来てきて面白い。

ただただ山の話をして盛り上がって、また何処かの山で〜!と別れる。それが山が好きな人の良いところだと思う。

 

 

しばらくすると外は嵐のように雨が降り出し、窓の外を見ながら、「到着がもうちょっと遅かったら大変だったなぁ…!」なんて事を言いながらみんなでワイワイとしている。

 

 

談話室で山を始めた経緯などを話していると、おじいちゃんが「あなた、いい人生だねぇ〜今楽しいでしょう?ほれ、あれを見てみなさいな」と、言ってにこにこしながら壁の張り紙を指さした。

 

 

私は絵を描いて、山が好きで良かったと思った日だった。

 

 

 

後編へ続く